※ナチュラルにアトラスダムで同棲してる
錠はこじ開けるもの、鍵は盗むもの。
帰る家なんてない。だから自分の鍵など持ったことがなかった。
歩き慣れた帰路、アトラスダム王立学院にほど近い家のドアの前に立つ。懐から真鍮の鍵を取り出し、それを玄関の鍵穴に挿す。カチリ、と小気味の良い音がした。
ドアを開けても家の中は暗かった。壁に掛けてあるランタンを手に火をつける。今朝テリオンが家を出たときとほとんど変わっていない。キッチンにティーポットが置いてあるから、紅茶は飲んだらしい。ランタンを手に取り、二階への階段を昇る。
書斎もやはり薄暗い。床に積み上がった本の山をすり抜けて奥を照らすと、サイラスがすやすやと机に伏して寝ていた。
昨晩も夜遅くまで机に張り付いているのを見ている。論文の筆が乗って止まらず、寝る間も惜しんで執筆しているのは知っていた。寝落ちしたのだろう、インクが掠れた羽ペンが床に転がっていた。
羽ペンを拾い上げて、インク壺の蓋をする。起きる気配のないサイラスの肩を揺さぶった。
「サイラス、起きろ」
目を覚ましたのか、サイラスは少しだけ頭を上げた。
「テリオン……? おや、もう夕暮れか」
「飯食ってないだろ。食いに行くぞ」
「うん……」
ぽやぽや。
まだ半覚醒のサイラスは空返事だ。この調子じゃ、今から外出は無理そうだ。
「まだ寝てろ、買ってきてやる。肉と魚どっちがいい?」
「魚がいいな……」
「ああ、魚だな」
肩からずり落ちていた学者のローブを掛け直してやる。それから窓の戸締まりを確認して、カーテンを閉める。音を立てずに階段を降り、また玄関から外に出た。
少し前なら適当に窓から飛び出ることもあったが、今は必ず玄関から出るようにしている。きちんと施錠するためだ。
今までは鍵を持つ理由がなかった。
けれど現在は、誰にも奪われたくない大切な人がいる。
真鍮の鍵で玄関の扉を施錠し、出来合いの料理を求めて街へと向かう。魚なら白ワインも欲しいだろう、と買うものを考えながらテリオンは大通りへと向かった。
2023.12.9 up